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春樹フィーバー

なるものが起こってるらしい。なにやら。世の中では。

私も、いつだっけな、1Q84の時だったか、村上春樹ファンが集うバーで、

ブタゴリラみたいな男がウィスキー飲みながらピスタチオを食べ、

『ここではこうやって食べるんですよ』とか言いながら殻を下に落としていた時に

言いしれぬ殺意を覚えましたが。笑

いっちゃってるハルキストが多いからこんなことになるのでは・・・。

クローズアップ現代も見たけど、いや、アンチがいるのはいいけど、

大体にして読書って個人的なもんじゃないのか?って思うんだよなぁ。

ゲームも、ドラクエがオンラインゲームみたくなった時に感じた違和感というか。

ひとりでしこしこもんもんしてんのが読書じゃね?

とか言いつつ、アンチの言動に反論したくなるハルキスト(笑)のわたしです。

なんか、こうなってくると、『あなた○○派?』みたいになってきそうで、それは本当にしょーもないことだね。

例えば、アンチの人に村上春樹好きかと聞かれて、好きだと答えたら『ないわー』と一線引かれる感じというか。

クローズアップ現代で、村上春樹のアンチ書評書いたらすげーみんなに持ち上げられちゃって、

そっからアンチの書評を書くためだけに春樹さんの作品を読んでる人が出てたんだけど。

それって本末転倒じゃね?

人の作品こき下ろすことでしか自分の存在意義がないとか、悲しすぎないか?

伏線を回収してない、だの

こんなおしゃれな人いない、だの

話の意味がわかんない、だの

それが全部良さなのに?

宮崎作品と一緒で、想像の余地を残すことの偉大さというか、

なんでもかんでもわかることばっかなんて面白くもなんともないじゃない。

わかんないから、また読みたくなるし、

わかんないから、いつ読んでも違う感じ方ができるんだよ。

現実を逸脱しすぎてるから、現実逃避できるんだよ。

そのアンチ書評家が言ってた。

『アンチの人は同じような人だ。生活水準とか自分の抱えてる問題が、春樹作品とあまりにも合わない。』

アンチじゃない人も同じだよ。

だけど、とらえ方が違うだけ。

お笑いと一緒。

ベタベタな笑いが好きな人もいれば、シュールな笑いが好きな人、はだか芸、下ネタが好きな人、色々いる、そんだけ。

『村上作品を読んでると、孤独ってこんなにオシャレなものだっけ?となる』と。

おそらく彼は、芥川賞作家の西村さんのような作品が好きなんだろうと思う。

とても、直接的な物語が。

感情移入が簡単にできる物語が。

それはそれで良いし、そうゆうのを読みたい時もある。

でも、それだけが正義じゃない。

それが【小説】でしょうよ。

それが【物語】でしょうよ。

アンチの人は往々にして【答え】を求めたがるんだね。

爆笑の太田しかり。

ただ単に『なにが言いたいの』って小説もある中、

春樹さんの作品はやっぱそれだけじゃない【何か】があるから、むかつくし、批判したくなるんだよ。

わからないことを良しと受け入れるか、つまらないといって排除するかの問題。

ただ、そのわからない【何か】を、わかったようなそぶりで論じ合ってるハルキストもまた、

アンチと同じくらい腹立つわ。

なんかわかんないけど、面白かったー!

なんかわかんないから、面白くなかったー!

そんだけでいーじゃん。

もうどっちもうるせーよ!

自分が好きなものをけなされるのも腹立つし、

自分が好きなものをわかったようなこと言われるのも腹立つのね。笑

ちなみに私は春樹さんの作品の好きなところはいっぱいありますが、

物語自体はとても観念的であるのに、描写がすごく細かくてとても感情移入しやすいところと、

色んな自分の知らない知識を得られるところ(これがアンチの言う『全く現実的じゃない・自分に寄り添ってない』ってところだと思う)、

唯一無二の表現力が好き。

あと、春樹作品が受け付けない人は、春樹さんと河合さんの対談本とか、

アンダーグラウンドとか読むべきだと思う。

あの独特の表現抜きにしても、春樹さんの作品は面白いから。