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白蟻の巣(芝居)

評価★★★+☆(3.5)

許すという行為は時に残酷さを伴う。無条件で許された場合、心理的負担が生じるからだ。とりわけ、思惑のない純然たる許しは、相手を追い詰める。三島由紀夫「白蟻の巣」は、許しによる人間関係の崩壊を溢れる情感と共に描ききる。

白蟻の巣といっても、地中深くに根を張るわけではない。人間の背丈ほどの要塞が立つ。白蟻は一度捨てた巣には戻らないから、抜け殻のよう。ブラジルへの旅で目にした異様な風景から、物語を作り上げてしまう三島の着想力はすごい。

幕が開けると、女がさめざめと泣いている。極めて陰鬱なストーリーの前兆である。でも、全体的にはパワーに圧倒される。三島が紡ぐ流麗で血の通った言葉の力である。

ブラジルのある領主(平田満)は、妻(安蘭けい)と運転手(石田佳央)の心中未遂を許し、二人に居場所を与える。負い目を感じた彼らは、領主のつくった「檻」に無意識に閉じこもる。

肉体としては生きながら、精神は死んでいる。三島作品には、こうした生死をたゆたう人物が多い。

生死で言えば、許しを与えた領主も死んでいる。無条件の許しは、感情によらず生き方と結び付く。許さなければ自分の人格を保てない。彼の中で、ある時から時間は止まっている。

体温を感じさせない平田の演技には、一日の長を感じる。思えば、蒲田行進曲では血気盛んで兄貴の女を寝とる役柄だった。昨年出演した蓬莱竜太作「星回帰線」では、本作同様に妻を若い男に奪われる側。何とも言えぬ悲哀と、うちに秘めた怒りが滲む。経験を積んだ役者にしか出せない味がある。

6人の登場人物の中で唯一「生きている」のは、最初に泣いていた女。運転手の妻(村川絵梨)である。領主の許しを善とせず、真っ向から立ち向かう。若さゆえの反発心は、物語全体にパワーをもたらす。

彼女の存在によって、止まっていた領主の時が静かに動き始める。生者が死者を蘇えらせたのだ。一方、二人の死者(領主の妻と運転手)は、もう一度本当の死に挑む。白蟻のように住処を離れ、死の旅へ出るのだ。

生き直したい。領主が運転手の妻と新生活を始めようとした矢先、かなたから車の音が近づく。白蟻が帰ってきたのだ。慌てふためき、やっぱり彼らを許してやりたいと本心をさらす領主。死者は結局死者のまま。三島の心理描写が冴え渡る。