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これぞ正夢

 先月、世界一の海老沢泰久ファンを自認するぼくは、気が向くとやっているサイトチェックをした。「海老沢泰久」をキーワードにして検索し、ぼくの知らない情報がないか確認するわけだ。

 ここ二年ばかりは新しい発見はなく、さすがにもう出尽くしたかなと諦め気分になっていた。ぼくは海老沢さんが発表したものはとうとう読み尽くしてしまったのだと。

 ところが1980年に出版された「長島茂雄 愛をこめてこの一冊」というムックにエッセイが載っている情報がヒットした。さっそく(たったの)157円でアマゾンで購入した。とは言うものの、すでにエッセイ集などに収録されている作品である可能性は高く、大きな期待感はなかった。

 それが数日後、送られてきたそのムックを見て驚愕した。未読のエッセイだったのだ。海老沢さんのデビューは1979年なので、無名時代の作品ということになる。大興奮した。

 で、本題はここからです。

 ぼくは自分のSNS日記を読み返すことはめったにないのだが、先週、気まぐれを起こしてパラパラと過去数カ月分のものを読んでみた。

 今年の一月十一日に「初夢は海老沢泰久」というタイトルを見つけた。どんな夢だったかすっかり忘れていたが、概略は次のようなものだった。

 古本屋で、床に積み重なった本の一番上に『長島茂雄』というタイトルの単行本を発見する。手に取って驚く。著者が海老沢泰久さんだったのだ。本の傷み具合から、発行は無名時代のころと思われる。 文章はどこかの雑誌に書いた長島論をまとめたものではなく、オリジナルのノンフィクション。 未読の作品に出会えた喜びに震えたところで目覚めた。

 これが正夢でなくて何なのだろう。あー、ビックリした。

はみだし

 夢と言えば、最近は悪夢ばかり見ている。目覚めたときにはすでに内容を忘れてしまっていてここに書くことはできないが、うなされて目覚める。仕事で急かされてパニックに陥ったり、外国のどこかの街で犯罪がらみのトラブルに巻き込まれたて裏通りを逃げ回ったり。

 困ったものだ。